2009年01月24日

「YES YOU CAN!」オバマ新大統領誕生にて思ふ

IMG_2598Obama3.jpg今週の1月20日、ついに歴史上初の黒人大統領が誕生した、ということで、その興奮未だ冷めやらぬといった雰囲気がここ数日続いている。
子供の学校で、親同士顔を合わせば必ず
「オバマの就任式見た?!もう興奮しちゃったわぁ〜、私なんか全部見てたわよ!アメリカは絶対変わるわ!!」という会話が始まる。
私も日本人でありながら、就任式の様子はテレビでワクワクしながら見てしまった。オバマ大統領もかっこいいけど、当日ワシントンホワイトハウス前に集まった国民がもっとすごかったなぁ〜。200万人・・・・。オバマの就任演説をじぃーと聞きながら涙する国民。アメリカ人ってなんてピュアなんだろうー。今年は特別だとはおもうけど、日本で果たしてこんな現象が起こるのか?

IMG_2597Obama2.jpgそりゃ日本にもあんな政治家が現れればちょっとは変わるかもしれないけど、国民がここまで政治に対して関心をもち、熱狂し、オバマが現れたことで国が変わる!と信じていること。まるで救世主が現れた〜!みたいな人々の様子。そんな様子を目の当たりにして、これまで政治に対して疎く、あまり興味もなく生きてきた自分を悲しく思えた。
それと同時に「Change」に対してどうも反応が鈍い自分に少し寂しくなった。
「Yes We Can!」に入れて欲しいなぁーと思っていたら、
今はもう「Yes You Can!」ですか・・・。
うっ・・ちょっと突き放されてしまった感があるのは私だけ・・?!

これまでも、きっとこれからも、日本の政治に対しては、憤りこそあれ、きっと期待するものは特になく、いつも別世界の他人事程度にしか思えない自分がやるせなくなるのでしょうか・・・。

さて、就任式といえば、英語で Inauguration というのだが、私はこれまでこんな単語を耳にしたことがなかったぞ。
    The Inauguration of BARACK OBAMA

IMG_2596Obama 1.jpg1月20日は子供達の学校でも皆でオバマの就任式の様子をライブで観たそうだ。学校へ迎えにゆくと、息子や周りの子供達も皆興奮した様子でオバマのスピーチすごかったねぇー!と口々にいう。下の息子は真っ先に「ボク今日学校でパールマンとヨーヨーマ観たよ!!ボク興奮しすぎて思わず叫んじゃった。」とパールマン大好きの息子は嬉しそうだった。私もテレビでライブの様子をみながら、ジョン.ウイリアムスがこの日の為に作曲したという曲を、パールマンとヨーヨーマをはじめとする世界を代表する音楽家によるカルテット演奏が映し出された時は、思わず得した気分になった。それにしても、あの極寒の中(−7℃程)よく手がかじかんだ様子もみせずに皆さん見事に弾きこなせたもんだ...。やっぱプロは場所も状況も選ばないんだなぁ〜と目の当たりにして改めて彼らの偉大さをかみしめる。ヨーヨーマなんかは顔に笑みを浮かべながら生き生きとカルテットをリードしていた感じでカッコ良かったなぁ。それにしてもあんな寒さの中、楽器は大丈夫なのだろうか・・・と要らぬことをあれこれ心配しながら見ていた私でした。
録画しておいて良かった♪
posted by ロスマリン at 04:24| ニューヨーク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月15日

Carl Flesch Scale System 効果?!

寒い・・・!!今日はマイナス21℃。
別にここミシガンでは寒い毎日は日常かつ当たり前のことで、今日に始まったことではない。が、昨晩から急に冷え込み、今朝は最低マイナス21℃にもなった。私は昨晩から秘かにあまりの冷え込みで、今日がNO School(休校)になることを期待していた。急な寒波なので学校の暖房システムやスクールバスが動かなくなることがあるからだ。ガチガチに凍って、ズルズルに滑る道路を子供の送り迎えの為毎日運転しなければならない私にとって、No Schoolはまるで神様が与えてくれた休日なのだ!なんてレイジーな親だと言われれば全くそのとおりなのだが、学校が休みの日は子供たちはもちろん私まで大喜びとなり、そんな日は皆で「何しようか?」とワクワクしてしまう。息子達の学校の様子を知る限り、学校へ行くと休み時間もなく、分刻みのスケジュールで課題をこなし、帰宅しても必ずひとつは宿題があり、親の私から見ても大変そうだ。オマケに上の子は土曜も日本語学校、下の息子はヴァイオリンにピアノ(今年から習い始める)とほんと休む間がない。これらは本人達が好きでやっていることだからいいとしても、私が小、中学校の時はこんなに勉強してなかったなぁ〜。今の子供らは一体いつ遊んでいるのだろう・・・と心配に思うほど。雪による休校ぐらいあってもいいよね・・。

IMG_2534Carl Flesch.jpgさて、今年になって、息子がバッハのパルティータを2月のリサイタルにむけて練習することになった時、息子のヴァイオリンの先生が「Carl Fleschのスケールをはじめましょう、このスケールをはじめた後で弾くとバッハも簡単に弾けるようになるから。」と。
実はこのカールフレッシュのスケールシステムの教本、まだ始めたばかりの頃で前の先生を辞めて、今の先生に替える時、一ヶ月ほどのブランクがあったのだが、その時に、私がせめて自宅でスケールぐらい練習させておこう、と思いネットで購入したのだがこの本だった。
届いて中を見てビックリ。まだスズキの4冊目程度レベルしかなかった息子ごときに弾けるようなスケールではなかった。ページを開いて唖然とする息子に「こんなスケールは一体どういう人が弾くのかしらねぇ〜。ママ間違えて買っちゃったみたい。これはあなたが大きくなったら使いましょうね。」とさっさと本棚にしまい込みすっかり忘れ去られていたのだ。以外にも早く利用出来ることになって、先生からこの言葉を聞いたとき、正直嬉しかった。先生は「このスケールの練習時間はマックス10分ね。10分でいいから・・・。それ以上やると疲れるから。これ嫌になって辞めちゃう人多いのよ。」と。そんなことを言われるとなんだか禁断の扉を開いたようでかえってワクワクする。(のは私だけ?!)
勿論、息子はこういう時だけはキチンと先生の言いつけを守る。
きっかり10分練習して、「あっ!10分経ったから止めなきゃ!」といってカイザーの練習に移る息子であった・・・・。

IMG_2539A minor.jpg A minorから始めて、最初の一週間は音程をとるのにかなり苦労をしていたようだ。G線で全てを弾く為、シフトの度に微妙にフラット気味になる息子。聞いていて気持ちが悪い。私が音程を注意すると息子は
「だってねぇ〜こうしてぇこうしてからこうしなきゃいけないんだよぉ〜!簡単そうに見えて難しいんだからっ!」といってシフト時の指使いなどをゆっくりと再現してくれる。そういう風に言われると、ヴァイオリンを弾かない私もあまり偉そうなこと言えなくなる。オマケにG線の音を綺麗に弾くにはある程度腕の重さを掛ける必要があるので、華奢な息子はこのスケールを弾くだけでかなりの体力を消耗していた。
でもそんな息子も2週目にはしっかり音がでるようになり、音程も安定してきた。子供の学習能力にはホンと感心してしまう。それと同時にバッハもあっと言う間に暗譜で弾いてしまう程度に仕上がった。これぞカールフレッシュ効果?!

「ボクはバッハの頭をしているかも。」

IMG_2542Giga.jpgと前にバッハのコンチェルトを弾いた時、先生に「君の頭のなかはバッハの音楽みたいになってるのかな。」とちょと褒められた?のをいいことに、そんなことを自分でも豪語していたわけだが、自分で言うだけあってバッハは得意なようだ。
どんどんスピードを上げて弾く息子に対して、先生も笑いながら「あまり速く弾かせないでねー。」といつもおっしゃる。息子はゆっくり弾くほうが意外と難しい、ということを知らないらしい。私がどんなにメトロノームをゆっくりめにセットしても気がつけばまるで*ミルシテインと競うかのように弾いている。弾き始めると、「もう誰も僕を止められない!」のだそうだ。

ゆっくり弾く、ということは、ただ単にテンポを落とすだけではなく、一つ一つの音を注意して弾き込んで行く、ということだ。国語の授業でもよく読解力をつける、と言うけど音楽も同じ。先生は息子には毎回楽譜をキチンと読み込んできなさい、と言う。具体的に言うと、ダイナミックスを読むこと。ダイナミックスとはフォルテだったりピアニッシモだったりというものだが、それが全体の中の流れの一部ということを常に意識して弾くことが大切だ、ということらしい。ひとつの楽譜にはちゃんとストーリーがあるということ。つじつまが合うように弾きなさい。と・・・。私が子供だった頃、果たしてそんなことを考えながらピアノを弾いていただろうか・・。いや何も考えてなかったなぁー。
でもここでもう少し自分の音をきちんと聴いて、より良い音を作れるよう研究すると確実に進歩なんだけどなぁーと母は思うわけで。そこが上達する人と君とのおお〜きなおお〜きな違いなのだよ。一応いつもいつも言い聞かせてはいるが、本人がこだわってくれない限り無駄である。「ああ、ママと先生が言っていたのはこれだったのかぁ。」といつか(出来れば近い将来)気が付いてくれる日がくることを切に願う。

*ミルシテイン・・・Nathan Milstein(1903-1992) ウクライナ出身のユダヤ系ヴァイオリニスト 
映像はバッハ無伴奏パルティータ3番からPreludio



posted by ロスマリン at 03:30| ニューヨーク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヴァイオリン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月06日

バッハの無伴奏と共に・・・新年あけましておめでとう・・ですか?!

1オーロラ.jpg自分のブログの存在を忘れ、日常に翻弄されるもよし、忙しさにヤケクソに近い境地で過ごしてしまった去年の後半、自分でもついにボケたかと思うほど、何を好き好んでかマイナス40℃の極寒アラスカの地へ乗り込み、10日もそこで無意味に過ごしてしまった年末(オーロラは観れたから良しとしなければいけないけどね)、オマケに年明け早々体調を崩し寝込む、そんなやるせなさと後悔の念からかなのか・・・・、私はまたこのブログを開くハメになった・・・。(別に誰も聞いてないけど)

2オーロラ.jpgまるでタイムカプセルを開ける心境で開いた遠い日の自分のブログ(半年前でしょ?)いやぁー、なんともビックリ、最後に書いたのは、あの今では遠い遠い夏の頃のことではないかっ!あの透通るような新緑のまぶしさは今は何処へ?まさに遠い昔のようじゃ。少年老い易く学成り難し、とはよく言ったものよ・・・。(もう少年じゃないけど)

いや、私だってこれでも、去年は頑張ったのじゃぞ。もちろん息子のピアノアカンパニストとして・・・・。
♪うたうヴァイオリンをもとめて日々努力を重ねている9歳の息子は夏から私の大好きなクライスラーの「序奏とアレグロ」に大胆にもチャレンジしていた。「序奏とアレグロ」の境地は、ひとつひとつビブラートでつなげた音符がみんな違ってみんないいっ!の実にワクワクする楽しさがあり、そのくせノスタルジックな感傷がジワッと滲み出る憎いものなのだ。(と勝手に感じている)勿論我が家の9歳児がその境地まで辿Praeludium and Allegro.jpgり着くはずもなく、多少の若気の至り感はバリバリだったが、周りの反響は意外と良かった(気がする)。外人の感想は「泣ける!」ということだったが、これはきっと練習不足のど下手な母を伴奏者として登場させてしまった、罪のない息子への同情から泣けるほどいじらしい息子への賛辞の言葉として捉えた方がよいかも?しれない・・・・?
息子のリサイタル後はくしくも私は「普通の女の子に戻りたい」宣言(古いなぁ〜)をするハメに。
ということで、次の息子の挑戦曲、伴奏者の要らないバッハの無伴奏パティータの2番の中Gigaに決定。(そんな理由かい?!)これでもう息子の足を引っ張りまくるピアノアカンパニストも卒業かと思うとホッとする反面、息子が遠くなってしまうようでちょい悲しい・・・・。
バッハの無伴奏は奥が深すぎて私や息子ごときには恐れお〜ぉい曲で(クライスラーもそうだったけど)、先生からその曲を言い渡された時は、「ほんまにでっか?」と喉まで出かかったけど、私と息子は何をかくそう大のバッハ好き♪ここで怖気づいては♪うたうヴァイオリンなんて一生手に入らない・・・・。そこはやっぱり、「わかりました、ガラミアンでよろしかったでしょうか?」なんて済まして答えていた私が恐ろしい。内心ワクワクウキウキのくせしてねー。
3オーロラ.jpgさてさて今回はめちゃくちゃ大変な予感。お勉強お勉強嬉しいなぁーっと?無学な私は「果て、Gigaって何?パティータってどういう意味?」ってとこから入ります。今日はあれこれバッハのことを調べてますます興味深さを覚えてしまう。楽しい!学ぶ喜びを今頃知るなんて・・・。1720年にバッハが作った曲を弾くことが出来る息子は幸せだなぁー。感動しながらも、バッハはやっぱ宇宙人だったかもしれない、と確信させられました。(注;何の根拠もございませんが)
あれこれいつも不平不満を言っている私ですが、家族皆一緒に健康で、息子らのお蔭で何時になっても色々と知る楽しみを味わうことの出来る、この生活に本当感謝ですわ。
年末の災難続きを追い払い、今年2009年は、バッハと共に、深くて楽しい音楽の旅へ、いざ出発だぁー!また頑張るぞー!(となんで母だけ鼻息荒いわけ?!おぉーい息子らよ、ちと一緒に練習に励もうではないかっ!)
posted by ロスマリン at 15:08| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月28日

ウサギをたすけて!の巻 動物救命救急センター

1Garapagos ゾウガメ.jpgガラパゴス感動の旅から早2週間、未だ興奮冷めやらず。
あんなところがまだ地球上にあったなんて、普段こんな生活をしていると夢にも思わないもんである。早く写真をアップせねばと思いながらも、今日は緊急事件が起きたので、こちらのほうをちょいと先に・・・。



Flag.jpg今日は日曜日♪
あさ、夫は郵便を取りに出たらあまりに気持ちが良いので、
「ちょっと散歩に行ってくるよ。」というではないか。珍しい。
でも先日「朝の散歩が脳の活性化に一番!」とかいうのを夫は本で読んだらしく、早速実行ですかぁ?!と内心思いながらも、
「そう、じゃっ、ついでに焼きたてパンでも買ってきてねぇ〜。」とちゃっかりお願いしてしまう私。
そして子供部屋から突風が舞い込んできて
「ボクもいくぅ〜!」と我が家一番の早起き鳥の下の息子が夫について出て行った。
まぁなんて皆物好きな、と思うのは私だけかしら?せっかくの日曜日、早く起きちゃうなんて勿体無いじゃないですかねぇ、(寝てるほうがもっと勿体無い?!)と私はいつも意地でもゴロゴロを決め込むのだが、爽やかな風が窓から入る今朝は一段と気持ちが良い感じ・・・。やっぱ私も起きよう♪

2Niagara霧の乙女号.jpg昨日はナイアガラへ日帰りで行ってきた。疲れがちょっと残っている感じだ。運動不足の身体は何かと疲れが溜まりやすい・・・。今日はテニス日和。久々にやるかぁ〜??と気合を入れようとしていたところ、
玄関を誰だかけたたましく鳴らす者がいた。それだけでは飽き足らず、ドンドンドン!!とドアまで叩くではないか。息子かな?
ずいぶんせっかちなんだから〜と階段を下りて玄関へむかう。

ドアを開けるやいなや、血相を変えた息子が息を切らしながら、
「ママ!大変、大変なの!!うさぎがそこで事故にあって血が出ていて早く車で来て!!」

私は一瞬状況があまり把握出来なくて、事故で血が出ている、という言葉で夫に何かあったのかと血の気が引くのを感じたが、うさぎ??うさぎって言ったよね?

「まだ生きてるの!まだ助かるかもしれないから早く!!」
息子のあまりにも真剣な様子にせかされ、事故に遭った血まみれのウサギを想像して運搬用のダンボールとバスタオルを用意した。その後どうしたものかと思案しながらもペットボトルの水やガーゼ、包帯などをあたふたとバッグに詰めていたら夫が帰ってきた。
夫は「とんだ散歩になっちゃったよ。」と困ったようにつぶやき状況を私に説明してくれた。

散歩でパン屋へ寄って帰る途中、車の多い道の真ん中から何か布のようなものがコロコロ転がってきて、なんだろうとよく見たらウサギだった、ということだ。転がっている時、白黒していたので目についたということだが、後で白い部分はうさぎのお腹で、黒いのは灰色の背中の部分だったと判明。まさに車に引かれ、飛ばされた直後を目撃したようだった。近寄ると、まだ目を開けて、息をぜいぜいしていたので、とりあえず車道の脇の茂みの中に移して来た、という。

そのウサギを息子は「早く助けにゆかなくっちゃ!!!」というのだ。
私と夫は顔を見合わせながら、内心どうしようか、と思案していた。野生のうさぎだし、車に引かれていてもしも内臓がやられていたらもう助からないんじゃないか、と思ったからだ。家に連れてきても手当てもしてやれないだろうし、獣医に連れて行った所で診てくれるかわからないし、こんなことは子供には言えないが、例え診てくれたとしても高額な治療費を支払うハメになるかもしれない。(動物は保険が効かないから緊急初診はきっと$500ぐらい請求されそうだし、手術なんてしたら$1000はくだらないよね?!)そんなことも脳裏にかすめながら、でもまだ助かるかもしれない命を見殺しにすることは出来ない。
たまたま出た散歩でたまたま遭遇してしまったウサギの交通事故。
息子は絶対に助ける!と言い張る。そうだ。こんなことを考えている暇はない、早く獣医に連れて行こう、と意を決して皆で車に乗り込んだ。

ウサギを置いてきたという茂みに子供達が駆け寄る。死んで居たらどうしよう。そうしたらフラッフィーの側に埋めてあげよう。そんなことも覚悟しながら子供達について恐る恐る駆け寄った。
居ない!置いたはずのウサギが居ないのだ。
私と夫は内心すごくホッとして、「ああ良かったぁ!きっと大したことなくて自分で何処かへ行ったんだよ。」といいながら茂みのあたりを見回してみた。その瞬間夫が「あっ、やっぱり居る・・・。」

ウサギは茂みの少し奥の草陰にやはり苦しそうに横たわっていた。自ら少しでも身を隠そうとして、奥へ転がったのだろうか・・・。痛々しくて私は直視出来なかった。ここでまた「どうする・・・。」
ここでそっと死ぬのを見守ってやるか、無理にでも動かして病院へ連れて行くか。息子は当然のように「病院に連れて行く!」と譲らなかった。この時点で私と夫は覚悟を決め(銀行にお金あるかなぁ?)用意したダンボールのベッドにウサギを入れ、すぐ近くの獣医へ行く。休みだった。次は10分位走って、前にハムスターのフラッフィーを診てもらった獣医へ走る。
車中、子供らに、これは事故だからしょうがないんだよ。ここで死ぬのもこのうさぎさんの運命かもしれないし。(こういう時だけ運命論者になる私)でも最後にあなたたちに出会えてこのウサギさんはとても幸せだったと思う。こうして命を救おうと必死で走り回ってくれるあなたたちがいて。あなたに見つけられなかったら、そのまま車の沢山走るてんてん干しの道路脇で干からびて死んでいくだけで苦しかったと思うよ。でも病気じゃないから獣医さんに診て貰っても助からないかもしれないけど、そうなったら最後は皆でちゃんと看取ってやろうね。
とにかく子供達がまた動物が目の前で死んでしまうというショックに陥らぬよう、ワケがわかんないことでも何でも良いから母として必死で間を持たせようとしていた。その間息子達は何も言わずウサギの様子をジッと見つめていた。
藁をもつかむ思いで辿り着いた、過去の診察態度からは決して良い印象のないこの動物病院だったが、ここもまた休み。そうか、今日は皆もゴロゴロしてたい日曜日だった。「Closed」という看板がむなしい。
もはやこれまでか・・・と思いきや、そこの駐車場にトラックが一台入って来て、中からひとりの男の人が降りてきた。つなぎの作業ズボンに大きなシャベル持って工事の人か?
この際誰でもいいから助けて欲しかったので、「この辺に今日開いてる動物救急病院知りませんか?」と尋ねる。
そしたらこのおじさん、即答で「あるよ!」と言って、詳しい道順をテキパキと教えてくれた。おぉーマイガット!神はやはり私達を見放さなかったではないか!(こういう時だけ神様信仰の私)

AEC.jpgAEC(Animal Emargency Center)というその名の通り、動物救命救急センターである。聞けばなんと家からすぐ側じゃあないか!?またまた10分の車中、どうかこのウサギが助かりますように・・・、と祈るような気持ちで病院へ。今度は助かる希望が出てきたのだ。この頃にはもうすっかり高額医療費への覚悟も決まり、ただただ祈るばかり。
中へ入ると待合室には一人だけ。最近オープンしたばかりといった様子でとてもきれいだった。動物も天気が良いと皆病気をしないのか、ロビーはガランとしていた。受付の女性が無表情にこちらへ顔をむけた。
「子供達が道で怪我したウサギを見つけたんです。交通事故に遭ったみたいで・・・・。」
「何を見つけたんですって?」とまた無表情に聞き返され、私は「野うさぎです。」と言って、恐る恐るウサギの入ったダンボールをカウンターの上に差し出した。すると女性はまた表情ひとつ変えず、
「じゃあ、ここにサインして。」と私の住所、電話番号、ウサギを発見した場所などを書き込む書類を渡して、「書類書いたらあなた達はもう帰っていいから。」という。こっちはとにかくウサギが助かるのか、どんな状態なのか、ちゃんと診てくれるのか、が気になってしょうがなかったので、おろおろしていたのだが、受付の女性は私達のおろおろをよそに、「このウサギはあなたたちのウサギじゃない、ということなので、こちらでこのウサギは預かり、野生に戻るまで面倒をみますから。」ではさよならっ、てかんじでダンボールを抱えて奥の診療室に入って行ってしまった。
えっ?!それだけ?本当?!医療費はいいの?!当然高額な治療費を請求されると思い込んでいた私達は拍子抜けしてしまい、その上事故に遭った野生のウサギを病院が無償で保護してくれるなんて思いもよらなかったのでとても驚く。野生動物保護区でもないのに。意外と懐が広いじゃないですかアメリカ人も!と多分アメリカに来てはじめてアメリカの社会のシステムの寛容さに感動した。いや、実は私が知らないだけかもしれませんが。
でもどうなのでしょう、日本では?例えば野生動物が怪我してて、獣医さんに診て貰っても、治療費を請求されたりしないのでしょうか?その前に、日本ではあまり野生動物に遭遇することなんて滅多にないのかな。

それにしても動物センターの受付の女性、もうちょっと愛想良くしてくれてもいいものの。ダンボールの中タオルにくるまれていたウサギを差し出した時は、女性は何が出てくるかちょとビビッてた様子だったなぁ。そりゃ事故に遭ったシカを連れ込まれたりすれば、多少迷惑ものかも知れませんがねぇ。これはウサギですよ、ウサギ。
でも、今回は本当子供に教えられました。正直息子らが救おう!病院へ行こう!と言い張らなければ私はこのウサギを見殺しにするところだった。目の前で何もせず消えて行く命を見届けよう、なんて想像するだけでもぞっとする提案だったなぁ。例え助からなくても、助かる可能性を自分らの勝手な思い込みで無視してはいけない、ということ。思い知らされました。
それにしてもいつもののどかな日曜日の朝を一変させたこのウサギちゃんを助けて!事件は我が家の歴史をまたひとつ塗り替える経験だった。
思い返せば思い返すほど、この世は必然であり、偶然はひとつも無いのかもしれない・・・と考える。(はて、これは誰の論だっけ?)
もし今朝が爽やかな日曜じゃなかったら、もし夫が珍しく散歩に行くと言わなかったら、もし私がパンを買って来いと言わなかったら、もし息子が一緒に行くと言わなかったら、私達はあのウサギに出逢わなかっただろう。また、もし息子がウサギを救おうを言わなかったら、もし2番目の誰も居ない病院の駐車場でたまたまトラックが入ってこなかったら、私達はウサギを病院へ連れて行くのをあきらめていたかもしれない。どれも考えるとほんの数分でもズレていれば起こり得なかった出来事なのだ。

今回のテーマは・・・・

「あきらめない!救える命は迷わず救うこと!野生動物も迷わず病院へ連れて行こう!」

ということで、ガラパゴス旅行記を書きあげるのは一体いつになることやら♪
posted by ロスマリン at 17:08| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月26日

学校ってどういう所?楽しいYear-End Potluck

私には二人の息子がいて、現在上が12歳、下が9歳である。
上の子は地元の公立(パブリックスクール)、下の子は近くの私立(プライベートスクール)にそれぞれ通っている。本人の性格、学力と生活スタイルに基づいた選択だったが、アメリカのパブリックスクールとプライベートがここまで違うとは、想像もしていなかった。

大抵学年末の6月のあたまは、上の息子の学校は休み前ということで、各クラスでパーティーと称しておやつを食べたりゲームをしたり、ビデオを見させられて終わってしまう。その間先生は何をしているか知らないが、ビデオも流しっぱなしでそのクラスの時間が終わるとぶちっと切られるということで、息子はたいていその映画のエンディングまで知らない。
この間も私がたまたま借りてきた映画のDVDをみて、「あっこれこの間音楽の時間にみたやつだ。」と上の息子が言ったので、「な〜んだじゃあつまんないわねー。」と私が言うと「大丈夫、最後まで観てないから。」と。しかもこのDVD,音楽のクラスとは全く関係のない映画だし・・・・。これを見せてる間、先生は子供達の最後の成績表とか片付けに追われているんだろうなぁーと想像できる。こんな感じで息子の学校の様子が発覚する。

2008 Potluck 2.jpg一方、下の息子の学校の方は、最後の一週間も非常に有意義に生徒を勉強させている。勉強、といっても子供達がとても興味のあるやり方で、楽しみながら学べる工夫がいっぱいで、とても感動した。
まず、月曜日はサイエンスエクスペリエンスデーと称して、子供達が各自用意した科学実験を屋外で皆で楽しむのだ。こんなことをした、とか誰のが一番面白かったとか、その日学校へ迎えに行くと下の息子は興奮気味に話してくれたのが印象深い。
その次の日は「BEE DAY」といって、各教科この1年で学んだことを生徒同士対戦クイズ形式で競ってゆく日だ。算数、国語(英語)、地理、社会ほか、外国語部門でスペイン語、日本語まである。先生が学年別、レベル別(飛び級ありの学校なので)に生徒を2列に並ばせて、先生が言った問題に速く、正確に答えたほうが勝ち。負けた人はその場で抜ける。勝ち抜き戦である。この日も迎えに行った息子は興奮気味にBee Dayの様子を熱く語ってくれた。
息子曰く、自分は算数、スペリング(英語)、地理、スペイン語などの教科で最後の2人にまで残ったが、最後に負けてしまった、と何度も何度も悔しがった。負けたときの状況まで事細かく説明してくれた。「先生がこんな問題を出して、ボクはのどまで出てたんだけど答えられなくて、もし相手も答えられなかったら再チャンスがあったんだけど、相手が答えちゃったんだよぉー。惜しかったんだなぁー。」とすごく悔しそうに言う。でもその時点で息子はちゃんと正答を覚えているからすごい。
そうか・・・子供ってこうやって教育するんだなぁ。と学校のやり方にとても感心した。

2008 Awards.jpg6月12日、今年の学年最後の日、この日は夜から卒業式と表彰式(Honors and Awards)の為、皆で持ち寄りパーティーだった。(Year-End Potluck)
表彰式はこの1年、色んな分野で良い成績を残した生徒達、昨日やったBEE DAYで1番だった生徒が表彰された。
息子もいくつかのAwardsを戴き、舞台の上に何度もあげられて誇らしげだった。息子の貰った賞は、成績優秀な生徒に贈られる「Great Lakes Scholars」、息子の描いた絵がここミシガンにあるCranbrook Institute of Science に飾られたので「AIMS Art Matters Exhibitors」、サイエンスフェアでのプレゼンのボードが芸術的だったので「Science Fair Awards Artistic Merit」、そして、毎月無遅刻、無欠席、課題をちゃんと提出した品行方正な優等生に贈られる「High Stepper Award」で、11月、3月,4月,5月に選ばれた。他の月は毎週金曜日の放課後にテニスのクラスがあり早引けしていたので取れなかった、ということを後で聞かされ、残念そうだった。
子供というのはこういう表彰ものが大好きである。何かしらで皆だいたい選ばれているようには見えたが、皆舞台に呼ばれる子供達の誇らしげな顔がとてもカワイイ。
また卒業式では、今年卒業する生徒は8年生の女の子一人しかいなかった。小さい学校なので一人の卒業生を皆で送り出す。まるで過疎化の進んだ村の学校の卒業式だ。
卒業する生徒がひとり舞台に立って、この学校で学んだこと、後輩に向けてのアドバイス、将来の抱負、そして学校に対して感謝の言葉を述べる。ただでさえ大人っぽく見えるアメリカの子供。ずいぶんとしっかりしたことを言うもんだなぁーと感心する。上の息子とほとんど歳が変わらないのになぁ〜と、体育の授業の為に公立学校へ行っているような上の息子もこの学校へ入ってくれたらどんなに母として安心か・・・。生徒達が歌う「Happiness」という曲、各クラスで幸せってどんな時?ということを考えて作詞した曲を聞きながらふとそんなことも考えてしまう。
Potluck 2008.jpg小さい学校の良い所は、先生や生徒同士がとても仲良く、学校全体が大きな仲間みたいな感じ。でもひとりひとりの個性をお互いとても尊重していて、皆自分の場所がある。素の自分で居ることを誰もが喜んでくれる。息子も転校してから心から楽しそうに友達とはしゃいでいるのを目のあたりにすると、学校選びっていかに大切だったかを今更ながら思い知らされる。これまでどうもパブリックの学校に馴染めなかった私と息子、この学校で初めてリラックス出来るようになった。
2008 Potluck.jpgこれまでを振り返ると常に学校では理不尽さと戦っていた、というやるせない日々が続いていたが、(上の子の学校ではきっとこれからも?!)これはきっとアメリカというところでは、お金を払うとそれなりの教育が用意されている、ということを意味しているのかもしれない・・・・。
卒業式と表彰式が終わると外に出て、皆で持ち寄った食べ物を楽しみながらYear Bookにサインを交換しあい、夏休みとなった。
この学校に戻って来れる秋が今から楽しみだったりと、これまでにない感覚を得た私である。
posted by ロスマリン at 15:49| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月20日

HIRALY HAHN

やっぱ夏休みっていいなぁー。天気も良いし。

でも常に体力的にも精神的にもてんやわんや、Hecticな毎日を送っていると何も予定の無い日が逆に落ち着かなくなってしまう。のんびりしていることに罪悪感すら覚える時もある。そんあ時はたいてい自分で無理やり予定を入れてしまったりする。もしくは自分に少し無理なミッションを課して忙しくさせる。
どうしてなんだぁー!!
こんな自分に呆れながら今日も結局疲れ果てている。
ここでのんびり出来ないでどうする?!

ということで、この独りごと日記でのんびりとさせてもらいます・・。

またまたずいぶんと前の話になるけど、
4月25日、この日はHiraly Hahn(ヒラリー ハーン)がデトロイトシンフォニーオーケストラとチャイコンを弾くというので、下の息子がNo Shoolだったのでちょうどいい、ということで朝から一緒にオーケストラホールへ。
席はステージから見て真ん中よりちょい右手の最前列。前日に思い立ってチケットを取ったので、前の方で空いている席がそこだった。息子がまだ小さいので私は極力前の席を確保する。大抵体格の良いアメリカ人が前に座ると息子は何も見えなくなるからだ。
最前列の席ってヴァイオリニストの息づかい、弓を動かした時に飛び散る松脂の粉までも見えてしまう程臨場感溢れるワクワクする席なのだが、オケの人からも丸見えなので、時々息子がコックリコックリしたりすると私などハラハラしてしまう結構緊張する席でもある。この日は特に、息子の先生もオケで弾いていたので、いつもと違う先生を観察できる楽しみがある反面、先生からもこちらが丸見えなので眠らせるわけには・・・とこれまた緊張。
次の日先生がリハーサルの合間をぬって息子はコンサートホールでレッスンを受けたのだが、案の定その時に側にいたDSOのヴィオラ奏者の人に、
「君は昨日最前列に座っていた子だね?!」と声を掛けられてしまった。やはり目立っていたか・・・。
ヒラリーがチャイコンを弾いた後に、DSOが40分以上もの演奏曲John Corigianoのシンフォニーを弾いた。素晴らしい演奏ではあったが、さすがの私もちょっとおしりが痛くなるのを感じていた。
息子は・・・頑張っていたが後半少し意識を失っていたようだ。
演奏後、何事もなかったように立ち上がる息子に後ろに座っていたおばあちゃんは「よく頑張って聞いてたわねぇ、えらいわ!私のような大人でもこの曲は大変だったわよ!」と温かいお言葉をかけて貰っていた。

Hilary Hahn 2 2008.jpgさて、Hiraly Hahnのチャイコフスキー。
胸と背中の大きく開いたドレスを着こなし、小柄だが舞台に立つ彼女はとても大きく見えた。かわいらしい顔立ちだが極めてクールな印象の彼女ももう28歳。ヴァイオリニストとしては若手だが、彼女の落ち着いた演奏と思慮深い話ぶりは飾り気のない若々しい外観とはうらはらに、もう既に大家のにおいがする。演奏後のサイン会で、彼女のあまりのクールさに驚きを隠せない私こと凡才母は素人の感覚でついこんなおばかな質問を彼女に投げかけてしまった。
「いつも本当にクールですよねぇ。ステージの上で緊張など全くしないのですか?」と。
彼女はきっぱり「無いわ。それは考え方、捉え方の問題で、これを緊張していると捉えないで、私はむしろそういう状況を楽しむことが出来、いつもとてもワクワクするわ。コントロールの問題で緊張をむしろ良い意味で利用して・・・・。」ともっと細かく色々と難しいことをおっしゃったと思うのですが、こちらはまさかこんなに真剣に答えて下さることを予測していなかったので私の頭が付いて行けず、掻い摘んで翻訳するとこんな感じでした。彼女の気安い性格に、サインを頂いている間にポロっとしてしまった気軽な質問だったのですが、とても真面目に、しかも彼女の哲学にまで触れてしまい、恐縮でした。
私は彼女が喋っている間、彼女の聡明な瞳と広い額に思わず吸い込まれそうな感覚に襲われ、一瞬彼女が別の星からきた宇宙人に見えた。
後で彼女に色々と話しかけようと準備していた息子に「ママばっかり話して!」と文句を言われた。ハイ、すみませんでした。もう私ったら、ほんとう恥ずかしい。私が彼女のような境地に立てるのは千年後ぐらいでしょうかねぇ。
そういえば、このコンサートでヒラリーはアンコールにバッハのサラバンドを弾いてくれた。これは素晴らしかった。これまでも息子がバッハを弾く時はよく彼女のレコーディングも聞いていた。バッハを弾く彼女の姿を目の当たりにして改めて、彼女はバッハには特別なこだわりがあるのを感じた。彼女の頭の中ってきっとバッハの旋律のように整然としているのかもしれない。

Hilary Hahn 2008.jpgHILARY HAHN ヒラリーハーン。
レキシントン、ヴァージニア州生まれ。4歳頃からヴァイオリンをはじめる。
1990年、10歳でPhiladelphiaの Curtis Institute of Music に入学。その1年半後、the Baltimore Symphony Orchestraとのメジャーオーケストラデビューを果たす。現在28歳。グラミー賞にも輝くヴァイオリニスト、2001年タイムマガジンでもアメリカの若手音楽家第一位にランク付けされる実力と人気を誇る女流ヴァイオリニスト。

posted by ロスマリン at 04:37| ニューヨーク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヴァイオリン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月18日

アメリカ滞在許可証申請への旅 ナイアガラ編

かなり前の話になるが、イースター休暇中の3月24日〜29日にかけて、カナダのオタワへアメリカレジデンスVISAを延長しにカナダはオタワへ出掛けた時のことを少し・・・。

下の息子の通うプライベートスクールは出欠に厳しいので、このような事情でも出来るだけ休まぬよう、予定はいつもNo Schoolの日にアレンジしなくてはならない。イースターホリデーといえば、大抵いつも極寒のミシガンを脱出するべく遥か南のビーチへ行って、ゴロゴロしているのがお決まりの我が家が、何を好き好んでここよりも更に寒いカナダへ行かねばならないのか(怒)。でもまあどうせ行くなら楽しまなくっちゃ、と車でナイアガラを経由して行くことにした。
P1070130-1.jpgホテルの部屋からは目の前にこれでもかぁ〜!というぐらい壮大なナイアガラの滝が拝める。我が家の住んでいる所からナイアガラは車で4〜5時間なので、これまでも夏にはちょくちょく遊びに来てはいたのだが、冬のナイアガラは今回が初めてだった。うわさには聞いていたが、凍ったナイアガラの滝もオツなものであった。部屋から見えるから何も側まではいかなくてもねぇーと内心思ったが、ちょっと出たついでに滝まで歩いた。死ぬ程寒い思いをして2,3写真を撮るのも大変で命からがら(ちょっと大袈裟)帰ってきた。立ってもいられないほどの寒さ。今年は冬が異常にながい。春の気配も何もない。凍ったナイアガラを眺めていると、このまま氷河期にでも突入してしまうような感覚に襲われ少し恐ろしくなる。
IMG_1271-1.jpg子供達の為にインドアウォーターパーク付きのホテルにしたのだが、小さなスライドや遊具がもう物足りないのか、1時間も遊んだぐらいで部屋に帰ってきた。あんなにウォーターパークが好きだった我が家の子供達はどこへやら?私の知らないところでまた月日は流れているらしい。

その夜はホテルの最上階、これまたナイアガラの滝を売物にしたFalls view restaurantというところでビュッフェディナーを予約した。バハマの食べ放題があまりに楽しくて、小食なくせにブッフェと聞くと喜ぶ我が息子達。が、今回は種類も少なく、おせじにもあまり美味しいものがなかった。本当にナイアガラの滝だけで食べている人々なんだろなぁー。この界隈はワイナリーも点在して一応グルメ街道なんて名前が付いている所もあったりするのだが、ここは滝さえ見えればOKみたいな甘えが見え見えな感じ。IMG_1297-1.jpgそれなら部屋で滝を見ながらカップラーメンのほうが良かったかも・・・。そんなことをちょっぴり悶々と考えながら美しくライトアップされたナイアガラの滝を眺めていた。種類もなく美味しくもないビュッフェ程悲しいものはない。幸いシンプルにスチームされた蟹足があり、これが唯一美味しかった。そこで結局最後は皆蟹ばかり食べていた。蟹でしっかりビュッフェ代の元が取れたと満足な母はふと隣のテーブルに目がいった。やはりお隣さんもテーブルの上にはすごい量の蟹の足が・・・!うっ負けたな、これは・・・。

さて、次の日は、ナイアガラからオタワまで8時間程かかると言われていたのでさっさチェックアウトして、出発。が、ちょっとその辺にワイナリーがある、という看板を見つけ、フラッと寄ってゆくことに。
ここナイアガラ、ナイアガラオンザレイクには35ものワイナリーがあり、アイスワインで有名なところだ。

さて、アイスワインって?と言う方の為に少し。(パンフレット内容を簡単に翻訳)
P1070140-2.jpgアイスワインはまさにこのカナダの長く厳しい冬が生み出す名産品でカナダのアイスワインは世界最高級の品質を誇るという。特にナイアガラ地方の厳しい気候は、アイスワイン作りに最も適しているらしい。(この寒さも役に立つんだなぁ〜)通常のワインよりも何倍も甘く芳醇な香りのするアイスワインは、まさに冬の寒さが生み出した黄金の液なのだ。外気温が-8度℃に下がった時注意して手で摘み取られ、凍って糖分が凝縮している状態のまま直ちにプレスされる。生産量はわずかで、通常のワインに使用するブドウの約8倍の量が必要となるという手間と希少価値がお値段にも大きく反映されている。工場見学後、いくつか試飲させていただいた。正直申しますと、どれを飲んでもあまり変わらなかったので、私は200mlで$26ぐらいのアイスワインをゲットしてきました。
ナイアガラオンザレイクには沢山ワイナリーがあったけど、今回私がお邪魔してきたのは、フランス系移民の家族が経営しているChateau des Charmes http://www.chateaudescharmes.com/ というワイナリーで、見渡す限り一面のブドウ畑の中にオーナーのBosc家のシャトゥォー(chateau)が優雅にゴーンと建っていた。その反対側にワイナリーであるシャトゥォーがこれまたドデ〜ンと建っていて、その様子は恐ろしく優雅であった。  
そこのワイナリーには20代前半ぐらいの日本人女性の方がいて、とても分かりやすく工場を案内してくれた。後で聞いたら彼女はワーキングホリデーでやって来たらしく、あと2週間でここもお終いと言っていた。私は優雅でいいなぁーソムリエ希望とか?と聞いたら、「そんなんじゃなくって・・・本当はアメリカに行きたかったんですが、ビザが下りなくて。暇なんですよ。ここら辺なんにもなくって・・・。ああ早く帰りたい〜。」と今にも泣き出しそうな気配。ああ、若いっていいなぁ〜。と。ここに居るってだけで、簡単にビザを更新できてしまう私達は改めて恵まれていることを感じ、ビザ申請が面倒だとブツブツ言っている自分が恥ずかしくなる。

2005vidalicewine-200ml.jpgそういえばここで購入したアイスワイン、勿体無くて未だに開けてない。今年はナイアガラの冬を凝縮したアイスワインを楽しむちょっと贅沢な夏のひと時を過ごしてみようかしらん♪                

つづく
posted by ロスマリン at 13:23| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | カナダ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月17日

Tempo di Minuetto by Fritz Kreisler♪

ついに子供達の長い夏休みが始まった。
アメリカの夏休みは長い。5月の半ばからという所もあるが、我が家の子供達は6月の半ばから9月の頭までの約2ヶ月半が夏休みだ。

ところでアメリカの夏休みはなぜこんなに長いのか・・・・?

あるアメリカ人の友人曰く、かつての農家の子供達は皆、夏の忙しいこの時期に家の仕事を手伝う必要があったので、学校は休みにせざるを得なかったんだそうな。でも今はそんな事情の子供はほとんどいなくなったので、こんなに休みが長いのはおかしい、日本やヨーロッパのように夏休みをもっと短くするべきだ、とも言っていたっけ。

どこにでもありそうな話・・・かな?
社会事情が変わっても昔からの習慣とか制度などは特に見直されないままだったり、むしろそんなことに何の疑問も抱かずに生活してる人のほうが多かったりもしそう・・・。

でもまっ私としては、休みは長いに越したことがないので、このままどうか皆疑問を持たずに大いに夏をエンジョイしましょうー!

さて、そうだ、今日は私と息子の大好きなフィリッツ(呼び捨て)のことを書きたかったんだ。

Fritz Kreisler.jpgFritz Kreislerフィリッツ クライスラー。
1875年生まれ、オーストリア出身のユダヤ系。世界的ヴァイオリニスト、作曲家でもある。医者の子として生まれ、7歳でウィーン高等音学院に入学、ブルックナーに作曲を学び、12歳でパリ高等音学院を主席で卒業のバリバリお坊ちゃま系神童である。おまけに彼の風貌はとても品があり、人間的にも柔和で陽気、彼がヴァイオリンを持って舞台に現れる姿を想像するだけで幸せな気分になる。そんな彼は20世紀最高のヴァイオリニストと称されている。
素敵だなぁー。

そんな私の大好きなクライスラーの曲、「テンポ デ メヌエット」をこの夏息子に弾いてもらいたく、先生にちょっとお願いして教えてもらった。
息子曰く、「簡単そうに見えて意外とむずかしいなぁー。」だそうで。当たり前だぁ!何を隠そうこれは歴としたクライスラーの名曲だぞ、息子よ。
ところでクライスラーの作品といえば、自分が作曲した曲をわざわざ他の人が作曲したものだ、といって何曲も発表していた事件が有名である。クライスラー本人は演奏旅行先にある歴史ある図書館などで埋もれていた作品を発掘し、作品の旋律のごく一部を自作に取り入れ、その自作をしばしば『過去の作曲家の作品を「再発見」した』と称して演奏していたそうで。この曲もそのひとつである。だからPugnaniの様式による曲、となっているのだ。なんだかやっぱりすごい人・・・。
この件に関しては色んな解釈がきっと飛び交っていると思われますが、私は音楽の世界って何時の世もなにかと面倒なんだろうなぁーと思わざるを得ない。
本当に心から音楽を愛し、ただ単に素晴らしい音楽の喜びを人々と分かち合いたいと願う音楽家はこのクライスラーのようにちょっとした知恵を使わないと生き残れないものなのかもしれない。すぐに足をひっぱたり邪魔をしてくる人がどこからか沢山集まってきてしまうから・・・。

さて、話を戻して、テンポ デ メヌエット。こういった名曲はヴァイオリニストがさらっと演奏するから格好いいわけで、息子が弾いてもとてもじゃないけどサマにはならないのは百も承知であるが、息子自身が好きな曲を弾くとやはりモチベーションが違うので、音へのこだわりを見せてくれるんじゃないか、とちょっぴり期待した。更に、こういった曲をひとつ学んおくと人前でちょっと弾くのには華があって、明るいので親しみやすく聞くほうも楽しいと思う親心?

今日息子の右肘の半年検診。骨折して早1年と9ヶ月。未だちゃんと曲がらない肘でなんとかリハビリを兼ねてヴァイオリン練習をしてきたが、今日はついにまた「手術以外今のところ治る見通しはない。」と医師に言われてしまった。でも手術しても完全に治るという保障は無い、という医師もずるいものだ。いつももうちょっと曲がるようになったらヴァイオリンも今よりもっと楽に弾けるかなぁー、とか、ご飯も上手に食べられるし顔もちゃんと洗えるだろうなぁーと心の中で早く治ることを願わざるを得ない。でも今の状態でも一応ヴァイオリンは弾けるし生活も出来る。これ以上悪くなることはない。やはり手術は出来ない。
今週末の学会の集まりで息子のレントゲン写真を見せて、他の医師からの意見を聞く機会があるので何かあれば連絡を、ということ。(これまでは何もしてなかったわけ?)
取りあえず手術をさせる気はない、との意見を言うと、じゃあ1年後にまた予約を、ですって・・・。まあ、医者なんてこんなもんかしらね・・。

ottawa.jpg昨年末息子が学校でヴァイオリンを弾いて以来、息子も人前でヴァイオリンを披露する機会が増えてきた。息子の演奏を喜んで聞いてくれる人がいる、と言うだけで本当に有難いことだ。

今年の学校のイヤーブック(日本で言う卒業アルバムみたいなやつ)に息子は大胆にもこんなことを書いた。

「ボクのヒーローはRyu GotoとMidori Goto。」
「ボクは将来ヴァイオリニストになりたい。」と・・・ん?まじっ?!
その横には息子が去年学校でヴァイオリンを弾いている姿がドデカくのっているではないかっ?!

あちゃー!こんなパブリックな場にっ、またどうしてこんな宣言をしてしまうの?!と私は一瞬戸惑いを隠せなかったが、こうなったら母として、彼の夢をど〜んと応援するしかない・・・かなぁー。(最近弱気)
でもヴァイオリンに関して言えば、練習こそあまりしない息子だが、右肘の骨折という試練を乗り越え、努力をしてきたことは、私が一番知っている。
いつかこのクライスラーの名曲「テンポ デ メヌエット」を大勢の人の目の前で堂々と弾いてくれる日を、私は今からとても楽しみにしている・・・。(だからちゃんと練習してね。)







posted by ロスマリン at 17:07| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ヴァイオリン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月12日

蚤の市 Fire Kingと私の巻

先日毎年恒例の蚤の市に友人二人と参加。

なんと我が家の倉庫に眠っていたあらゆるガラクタや不要品たちが$230にもなった!私が不要だと思っているものが他人の役に立つ、これぞ究極のリサイクルだ。なんちゃって・・・。
実は毎回蚤の市を目指して家の中の掃除をするのが私の本来の目的。それに気の合う友人達とわいわいとお店をだして、来る人達とのコミュニケーションも楽しかったりする。お客さんが$3の物を手にとって見ているときにすかさず「あっそれ$1でどうですか?」なんて声を掛けると結構買ってくれたりする。そんなお客さんの動向を見ていると、つい安物買いをしてくる私を見ているようでちょっと気の毒になる。私のお店に並んでいるものはそんな安物買いをしてしまった物で溢れていたりするわけで、それを更に安く売ってるんだからもうこれはボランティアとしかいいようがない。
でも、こんなことでもしないと私はどんどん物を溜め込んでしまうので楽しみながら物を処分(リサイクル!)できる蚤の市が私は好きである。が、毎年、どうしてこんなものを私は後生大事にとってあったのか・・・と家の物の多さに愕然とする時でもある。安易に物を買ってしまう自分を反省しながらも、処分が出来るとまたすぐに新しいものを買ってしまう自分もここで反省しなくてはいけないのだが・・・。

IMGFire King.jpg今回棚の奥深くに眠っていた日本から持ってきた新品の食器、日本食器達を売りさばいてしまったことに気をよくして、最近いきなりハマッたFire Kingものを一気に購入。こういうコレクタブルものはゆっくりひとつづつ買い集めていくのが楽しいんだー、とわかっていながらも、eBayでかなり安く出回っていたりするとつい、ポちっとぉ〜!入札してみたくなる。怖い怖い・・・。
これまで周りで友人達がこぞって買い集めていたFire King。いわずと知れたコレクタブルのミルクグラス食器である。このあたりのアンティーク屋はFire King目当ての日本人主婦(私もそうだけどぉ)が多いらしく、数も少ないし、その上値段が年々つりあがってしまった。そして最近は少し足を伸ばさないと見かけることも出来なくなった。たまに見つけてもとても法外な値段を付けられていたりとか・・・。私などは手がでません・・・。
よって、私はポちっと入札でとりあえず欲しいものだけゲットしてみました。でもやっぱeBayのオークションは物を見て買えないので、当たりハズレがあり、素人は安易に手を出すものじゃあないなぁーという代物もありましたっけ。送り方もSellerの力量に掛かっているのでいい加減な人だとかなりの確立で割れてたり。がっかりしたことも・・・。でも「オークションのあとにこんなのも出てきたから〜。」とかいってカスタードカップをおまけに付けてくれるSellerなんかもいると、いいじゃんいいじゃんっ!てなかんじで懲りない私もいる。買い物ひとつでも何かと良い社会勉強になりましたー。

さて、私の友人にFire Kingのジェダイという翡翠色のマグなどを沢山を集めているYFちゃんがいる。先日彼女のコレクションを拝みにちょっと遊びに行ってきた。コレクションのひとつ、ちょっとボテッとしたチョコレートマグは$30なら買い、だそうだ。私はマグひとつに$30もぉ?と思うが、日本ではそれが2万円近くでも売れるというからもっと驚きである。こっちのeBayのオークションでもファイヤーキングのマグはかなりの値で落札される様子をちょくちょくみるが、落札者はどうやら日本の業者っぽい名前(なにわのなんやら、とかいかにも怪しい!)が目立つ。
白熱したその雰囲気にイマイチついて行けなかったそんな私がなぜに急にFire king?と自分でも不思議でしょうがない。
先日たまたま行ったアンティークモールで白いミルクグラスのカスタードカップなるものを見つけ、ふと手にとった瞬間そのぬめっとした艶とその使いやすそうな形に惹かれ安かったので二つ程購入。
使ってみるとこれまたすごくいい感じ。そのカップに朝食のフルーツをちょこっと盛ってみる。いつものルビーレッドのグレープフルーツがまったく別物に見える!たちまち私はそのレトロで艶っぽいホワイトミルクグラスの虜になった。もしかして私はあのアンティークモールで何かに憑りつかれてしまったのかもしれない?!と思う程の勢いだ。
あれから2週間程、私の手元には自分のお誕生日プレゼント♪と称してかなりの数のFire Kingが集まってきた。きっと誕生日というタイミングも私の食器コレクション熱を復活させてしまう大きな要素となったのは間違いない。

IMG Ivory custard cup.jpgYFちゃんからもお誕生日にと、とても可愛いアイボリーのカスタードカップをいただく。私はこれにもひと目惚れ。1940年代の極めて初期の刻印がついているものだ。YFちゃんはこれを他州で49セントでゲットされたらしく、安くてごめ〜ん!と言っていたが、シンプルで素敵なお宝である。とても嬉しくて、帰りの車の中では信号で止まる度に眺めてニマニマしてしまう。
IMGprimrose.jpgYFちゃんどうもありがとう〜♪こんなものを頂いてしまうと、誕生日は何歳になっても有難いなぁーと思えてしまうゲンキンな私・・・。

ただ、食器好きな私は、これまでにもロイヤルコペンハーゲン、コスタボーダ、ジノリなどに嵌りかなりの量をかかえている自分を考えると、ここでファイヤーキングなどに嵌ると限がなさそうなので、好みの白とPrimrose、Anniversary Rose以外はあまり手を出さないほうが無難だと、自分に言い聞かせている今日この頃である・・・・。
posted by ロスマリン at 14:38| ニューヨーク ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月06日

Happy Birthday to Me♪

6月5日木曜日。今日は朝からどんより曇り。
一番早くに登校する上の子を起こし、まだ寝ぼけている息子にご飯を食べさせる。わさわさと風が吹き、今にも雨が降って来そうな天気。スクールバスの乗り場まで送ろうかと息子に尋ねてみたが、大丈夫だというので玄関で見送る。実は息子が心配、というより、息子がヴァイオリンを持って雨の中を走るのが心配で尋ねたのだが。
上の息子、実は学校のストリングオーケストラでヴァイオリンを弾いている。といっても学校のオケってホンとただ音を出しているというレベルなので、息子もヴァイオリンは授業で使う、というぐらいの執着しかない。本人の強い希望でプライベートレッスンもつけていないので、はじめて1年半程も経つが、下の息子のレベルにはとてもじゃないけど及ばない。一応学校から練習シートなるものが毎月配られ、毎日の練習時間を書き込み、月の合計時間を出し、親のサインをして先生に提出するという宿題がある。先日、上の息子が自らヴァイオリンを練習している音が聞こえてきたので「珍しいなぁー。」と思っていると、「ママ、今沢山練習したからこれにサインして。」ってなぜか一ヶ月分練習時間を書き込んだシートを渡される。見ると提出期限は明日である。これまでも上の息子にはこの紙は毎日練習しないとサインが出来ない、と毎月のように注意してきたが、そのたびに来月こそはちゃんとやるから、と誓う息子。が、出来たためしがない。くどくど言うのにも疲れ果てた私はしばらく放っておくことに・・・・。
最近は上の息子のヴァイオリンの音が聞こえると「ああ、そろそろ今月も終わりか。」と思えるぐらいになった。これがあきらめの境地というものなのか。本人の興味の無いことを無理にやらせてもダメだ、と言うことは我が家の兄弟を見ていると本当によくわかる。
いつか子供達が自ら本当にやりたいことを見つけて、しっかりと独り立ちさえしてくれれば、母親としては大いに満足ではないのだろうか。

先日横浜に住む母親と電話でそんなことを愚痴っていたら、とにかく兄弟同士を比べることは母として絶対してはいけないこと、と念を押されてしまった。そうだった・・・。当たり前のことで分かっていたつもりだったけど、ついつい比べて怒っていた私を反省。それぞれ世界にたった独りしかいないユニークな存在だということには変わりがないわけで、むしろそれを楽しむ余裕をもつことが今、すごく大事なのかもしれない・・・。

さて、話を戻して・・・今日は私の誕生日。といっても今日も朝からなんのヘンテツもない1日が始まっているわけだが、自分の中ではちょっとした変化が芽生えた。。
10年前の今頃はボストンで、プレスクールに馴染めない上の息子に手がかかり過ぎて、振り回され続ける私はいつも全速力状態だった。まだヨチヨチ歩きの下の息子をよく抱っこベルトに入れて動き回っていたので(両手が空くので動きやすい)私のお腹にいつもくっつけられた下の息子は安心したのか疲れたのか、気が付けばいつも眠ってしまっていた。おとなしくて手も掛からない分、ほとんどホッたらかしだった下の子。唯一私の協力者ともいえる。夫は勉強で忙しく、家庭のことはもちろん、私ともほとんど話す時間もない程で、私は周りには母子家庭だと豪語していた。相変わらず方向音痴でボストンの街中をぐるぐると何時間も車で泣きそうになりながら走っていた自分を思い出すと、今の私と全く変わらない。歳だけ無駄にとってしまったとも言える。あれから10年も経ってしまったなんて。今朝、ついにオバマがクリントンを破り民主党候補への指名が確定したというニュースをみた。今まさに歴史が動こうとしている瞬間を見た気がし、思わず身震いする。アメリカ史上初黒人大統領が出現する日も近い?!(全く関係ない話)

世界は私の知らないところでどんどん変わっている・・・。

先日「すご録」のHDDに入れた膨大なホームビデオ関係を私のちょっとしたミスで初期化してしまい、全てを失ってしまうというショッキングな事件があった。(我が家の最近の3大ニュースのひとつ、ちなみにそ2つめは上の子失踪事件、3つめは下の子拉致事件?!)
下の息子のオケのコンサート、リサイタル、バハマ旅行、カンクン旅行、ここ最近の我が家の軌跡とも呼べる記録ビデオが全てなくなったのだ。早くにDVDに焼いてバックアップしておけば良かったと後悔先に立たずとはこのこと。私はしばらくショックで何が起こったのかよく理解できずボケッと放心状態が続いたが、「これは神様が、あまり過去にとらわれずに今をちゃんと生きなさい!という自分へのメッセジーかもしれない!?」と思い、最近のあまりにも慌しさに振り回されっぱなしの自分を反省し、次の日には立ち直る。(早く忘れたいだけ)
人間ショック状態になると身体が自然と自己防衛を行い自分の都合の良い世界へ持ってゆこうとするようだ・・・・。
でも、私はここでちょっと良い機会なので、過去の失敗はちょっとおいておいて、自分の10年後のことに思いを馳せてみることにした。(注;これはあくまでも私の妄想、子供、夫の意見は全く聞いておりませんので、あしからず。)

上の子はきっと大学で好きな動物の研究をするかたわら趣味で絵などをかいている。そんな息子は、貧乏だが才能に恵まれた美大生の友達(イケメン)を持ち、その子はきっと夕飯をご馳走してあげるかわりに絵を描いてくれたりする。また下の息子はそのへんの音大にでも行ってもらい、たまに龍くんのような音楽仲間を家に連れてきてくれて、お茶でもしながらサロンコンサートを開いてくれる。夫はサラリーマン兼ヴァイオリン職人にでもなってもらい、ストラドのようなヴァイオリンを作ってもらう。私はグランドピアノのある部屋で、フジコヘミングのような友達にピアノを弾かせ、猫と一緒にお気に入りアンティークのティーカップで美味しい紅茶などを楽しんでいる。

どうですかねぇ?!この妄想が夢となるか、現実となるかは今私がどう生きるかに掛かっている?!
あれ?私はどうなっているのでしょうか?!
こうして書いてみると、私自身は何をしたいのか、が見えてこない。
ああこのままじゃ、私の10年後は今とまた変わんないかもしれません。
あ〜あっまた振出へもどる・・・かな。Fire King Anniversary Rose.jpg

誰もプレゼントをくれないので本日自分で買ったファイヤーキングのアニヴァーサリーローズのティーカップ&ソーサー −−−−>
これで10年後の私もひとり優雅なひとときを送れるはずっ!?
posted by ロスマリン at 13:46| ニューヨーク ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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